2024年 06月 19日
発声練習後に高音が出なくなった【輪状甲状関節脱臼】Ver.5
実話です。
普段は、思い通りの高音を発している男性シンガー。
ボイストレーニングで、顎を突き出し、首を後屈した状態で、最高音を出す訓練をしていました。
ある瞬間、これまで経験したことのないほどのハイトーンレンジまで、ググっと高音が出たそうです。
その後、再トライしたところ、同様の超高音が出なかったと同時に違和感を覚えました。
そこで、普段、容易に出している高音を試したところ、「あれっ、出ない!」と驚愕しました。
彼は焦りました。
何度試してもダメだったのです。
翌日になれば元に戻ると考え、その日のレッスンは終了。
しかし、何日経過しても高音は出ません。
心配して、音声専門の耳鼻咽喉科で診てもらいましたが、「声帯は問題ない」と言われ、途方に暮れていました。
知人の紹介で、当サロンにお越しになりました。
わたしが触知したとき、何が起こったのか一瞬で判断できました。
片側輪状甲状関節脱臼・・・
つまり、甲状軟骨下角の一つが輪状軟骨関節窩から逸脱していたのです。
そう、これはケガ。
負傷してから、2週間しか経過していなかったため、脱臼の整復は容易でした。
この歌手の場合、典型的な前方脱臼だったため、輪状軟骨を下方転移して反対側へ回旋させながら上方移動させると同時に、甲状軟骨下角を指で圧をかけながら脱臼痕をトレースして輪状軟骨関節窩へ優しく導く。
重要な注意点があります。
極微細な力加減で行わなければ、⑴滑膜断裂、⑵関節軟骨破損、⑶甲状軟骨下角不全骨折、⑷逆方向再脱臼など、誘発されるケースがあります。
無茶な高音発声の後に、いつもなら簡単に出せる高音が出なくなったら、輪状軟骨関節脱臼または亜脱臼を疑ってください。
その際は、喉頭外傷の処置に長けた先生にお願いしましょう。
それも出来るだけ早急に!
追記1:輪状甲状関節脱臼を放置すると、その先、高音発声が困難になってしまいます。目安は約1か月。昔、負傷から数年が経過した陳旧例にも出会いました。輪状軟骨関節窩の数ミリ外れた場所で甲状軟骨下角が固着して、関節可動域は皆無。それでも、声帯ヒダを硬直させて高音発声する能力を身に付けたようですが、ピッチのコントロール性は低下し、歌唱行為から離れてしまいました。
追記2:「脱臼すると痛いですか?」と問われます。基本的に、多くは違和感程度。ときに軽微な痛みがあることも。無痛も多い。だから見逃しやすいのですね。また、高音発声は大変になりますが、日常生活の会話声は概ね問題ありません。これも、ほったらかす一因となるでしょう。
追記3:披裂軟骨脱臼も存在しますが、これは気管挿管などによる直接的外力が主要因となります。今回お話しした輪状甲状関節脱臼とは、部位も受傷メカニズムも異なります。なお、過去に、交通事故や転倒叩打による外傷性輪状甲状関節脱臼に遭遇したこともあります。
追記4:「會田先生は輪状甲状関節脱臼を必ず整復できますか?」との質問に、「すべては無理です。新鮮例の多くは可能でしょうが、陳旧例は難しいと考えます」と回答しました。
ボイスケアサロンⓇ
會田茂樹(あいだしげき)