2013年 07月 16日
論文供覧
ボイスアドバイザー上席となった星野智宏先生の論文です。
論理的かつオリジナルな視点から名文が綴られています。
お見事です!
御本人の同意を得てここに供覧致します。
歌を上手に歌うために
星野智宏(歌謡講師)
歌の上手さとは、その歌によってどれだけ人の心に感動を与えられるかである、
と考えており、その手法も様々である。
一つには、癒しであったり、また高度の歌唱技術による感嘆、大きな音で印象付ける
などもある。
最近のTV番組で、「歌がうまい王座決定戦」という名のもとに本職の歌手やタレントが
歌の上手さを競い合う番組があるが、審査の基準は番組の冒頭でも説明される通り、いかに心に響く歌い方ができるかが重要視されている。
まず、歌を上手に歌うために、克服しなければならないものを列記し、それらについて順に説明を行う。
①リズム
リズムは、伴奏者と歌い手に対して作曲者が定めた速度のルールで、これが守られない
場合、聴き手に対し不安感や違和感をもたらす。
伴奏者による演奏に対し、歌い手が遅れてしまうと、演奏が終わっても歌い手が一人で
歌い続けることになる。
上級者になると、敢えてリズムをずらし、聴き手の気を惹く手法も用いられるが、多用
するのは作者の意図と反するためあまり好ましくない。
②メロディ
メロディは、伴奏者と歌い手に対して作曲者が定めた旋律の高低で、それが守られない場合は伴奏者の生み出す旋律と調和せず、不協和音として聴き手に不快感を与える。
決められたメロディを敢えて変えるフェイク、またはアドリブというテクニックもある
が、フレーズ間または繰り返し、エンディングでの最小限にとどめるべきである。
また、ジャズのフリーセッションにおいては、コード進行を守りつついかにメロディを変化させながら調和させられるかが醍醐味の一つとなっており、ジャズのテイストのある
歌には取り入れて欲しいテクニックである。
③発音
発音は、我々日本人が日本語詞の楽曲を歌う上で、歯切れ良いと表現される綺麗な発音
をすることが、聴き手にとって好ましいものである。
そのためには、主に舌の使い方を意識した構音を心がける必要がある。例えば「タ」の
発音においては、舌の前部と硬口蓋前部の接着を密にしないと「ダ」と聞こえたりする。
今では歌詞カードを見ないと何を歌っているのかわからないケースも多く、そのような歌がセールスの上位にある場合、大変残念に感じる。
④発声
大きく美しく響く声は、人を惹きつけるための重要な手段である。
発声は、日常会話や、喜怒哀楽時に本能的に出る場合と、歌唱時における場合での違いを認識し、さらにそのメカニズムを考慮することで合理的な動作により行われることが
望ましい。
それには、歌唱時に使う喉がどういう働きをしているのかを知っておく必要がある。
なぜなら、それにより理にかなった発声動作に近づけることと同時に、無理で不合理な発声とそこから起こる喉の障害を避けられるからである。
喉には声帯という器官があり、楽器のギターにおける弦に相当する。
声帯は、甲状軟骨後面から左右の披裂軟骨に向かって、V字型に張られたひだ状の
構造物で、発声時にはそれぞれが内転し声門が閉鎖する。
その際に声帯下方からの呼気流により、声門を閉鎖する声帯が圧力を受け、声帯に
隙間がもたらされた直後にベルヌーイ法則による開閉現象が起こり、そこで起きた極小な
気流音が声の源となる喉頭原音である。
呼気流は、呼気と呼ばれる吐息時の空気の流れであり、声帯に対し下方の肺から発生
する。ギターで言えば、弦を弾く力に相当する。
この圧力、すなわち呼気圧が弱いと喉頭原音や声の持続が劣化し、それを無意識に
補おうとして喉の力みを誘発する。
喉の力みは声帯周囲の充血を引き起こし、それによる声帯浮腫のために重量が増し、
声帯自身の振動効率が悪くなる。
そして音の低音化とともに結節やポリープの原因にもなる。
声帯は外側から、粘膜上皮、粘膜固有層、声帯筋の3層構造をしている。
粘膜上皮は、発声時の高速振動にも耐えられる非角化重層扁平上皮からなり、擦れあう声帯を冷やして潤す潤滑油の役割を果たす。
粘膜固有層は、独特な柔らかいゼリー状組織のラインケ腔からなり、喉頭原音と裏声を起こす振動をする。
声帯筋は、硬い筋層からなり、中枢神経からの指令を受けると同時に周囲の筋肉や軟骨の動きによって伸縮変化し、それにより声の質の変化に関与する。
声帯が起始する甲状軟骨は、披裂軟骨、輪状軟骨、喉頭蓋軟骨、舌骨とともに喉頭の
枠組みを成し、それらは外喉頭筋群、内喉頭筋群、靭帯により連結・可動する。
声帯は嚥下時には閉じ、呼吸時は開く働きをし、高音発声時には伸び、低音発声時には
ゆるむが、これは声帯自身の動きではなく周囲の内喉頭筋群によって動かされている。
輪状甲状筋は甲状軟骨と輪状軟骨を引き付ける働き、特に起始の輪状軟骨側から停止の甲状軟骨側へ縮むことで声帯を後方へ伸ばし、声を高くする働きをもつ。
横披裂筋・斜披裂筋と外側輪状披裂筋は声門を閉じる方向に声帯を動かす働きをもつ。
後輪状披裂筋は声門を開く方向に声帯を動かす働きをもつ。
甲状披裂筋は、声帯に沿ってその外側に付着し、声帯を緊張させる働きをもつ。
喉の外周にある外喉頭筋群には、胸骨甲状筋や甲状舌骨筋ほかがあるが、これらの筋肉
が生活習慣において硬化してしまっているケースが多く、それにより喉頭内部の動きが
抑制され、発声に悪い影響を及ぼしていることがある。
外喉頭筋の硬化は、日常生活上は特に問題ないが、甲状軟骨や舌骨の深奥化を招き、
喉頭原音を共鳴させる空間である共鳴腔を狭小化させてしまうため、歌唱においては
マイナスとなる。
声帯上部にある空間は共鳴腔と呼ばれ、喉頭室・梨状陥凹・咽頭共鳴腔・口腔共鳴腔・鼻腔共鳴腔からなり、ギターの胴体部にある空間に相当する。
それらをいかに広げられるかによって、声の響きをよりよいものにできるかに関わって
くるのである。
また、胸鎖乳突筋、咽頭収縮筋、甲状軟骨を懸垂する茎突咽頭筋と茎突舌骨筋のほか、舌骨上筋に含まれる顎二腹筋、頤舌骨筋、顎舌骨筋、舌骨下筋に含まれる胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、肩甲舌骨筋、甲状腺挙筋なども柔軟であることが望ましい。
⑤歌唱技術
発声をより深く追求したものが歌唱技術であり、その主なものとして、高音発声、
ロングトーン発声、ビブラート唱法、しゃくり唱法、メリスマ唱法、ヴォーカルラン、
抜きによる緩急などがある。
それらを効果的に使うことで、聴き手の心に訴える手助けとなる。
⑥表現力
詞の世界を、居合わせる聴き手に向けて再現し、同情や共有感を促す手段として、
表現力も有効な一つである。
明るい内容の詞では笑顔で、悲しい内容では辛そうな表情をし、遠方にいる恋人を
思う時には遠い視線を送り、自分の心を振り返る場面では視線を近くに落とす、時には
身振りや手振りを使う、などである。
⑦個性
物真似の技術は素晴らしいが、人それぞれが固有する味を出すことも上手さであり、
後者の方がより人を惹きつけるものだ、と私は考えている。
つまり、歌の先にある人そのもの、歌う人の心を探し求めているということである。
以上が歌を上手に歌うために必要なことと考えているが、最近の歌手の傾向として、
高音&高速な楽曲を歌う歌手が多く存在し、大きな人気とともに、それが「うまい」と
評される場面にも出くわすことがある。
私にはそれがただ高い声の持ち主がメロディに合わせて早口でしゃべってるだけにしか
感じられず、これも時代が生み出すギャップであるのかと考えるところである。
また「カラオケ★バトル芸能界No.1決定戦」という番組においては、審査を
するのが人間ではなく、第一興商カラオケ機器の「精密採点」機能により高得点を
競い合うので、リズムとメロディの正確さが採点の重要なポイントである結果、
発音や表現に物足りなさのある歌手が好成績を収めることもある。
週刊誌「週刊現代」2013年3月2日号において、「日本で一番歌がうまいのはこの人だ」という企画のもとに、現役の音楽関係者たちがその選者側として名を連ねていたが、彼らが選んだナンバーワンは美空ひばりであった。
その理由として、洋楽でも外国人が納得する発音、異なるジャンルの曲に臨機応変に
表現を変えられること、声やリズムやセンスの良さなどが挙げられていたが、私が最も
共感できたのは、心を歌っていた、歌に命を懸けていた、という評である。
今の歌謡界において、素晴らしい歌手は数多いのだが、美空ひばりに匹敵するほどの
凄みのあるアーティストをまだ私は残念ながら見つけることができていない。
ただその可能性を感じる歌手として、私は米良美一を挙げたい。カウンターテナーで
知られる彼が歌番組で披露した、水原弘の「君こそわが命」の低音歌唱は、今までの彼に対して持っていたイメージを大きく変え、彼の持つ知られざる能力に触れた驚きは深く心に印象づけられた。
才能ある歌手がそれを知らしめる機会に乏しいのは、今の日本の音楽業界が特定集団の権力による商業手段最優先の場となっているからなのかもしれない。
歌い手だけではなく、聴き手を育てることも、日本の音楽業界には必要なのではと思う。
私は、日本人歌手が、日本国民だけでなく世界中の人から、世代を超えて賞賛される日がいつか来ることを願っている。
そのためには、最大限の歌唱力を纏ってそれに備えることが必要であり、そのための
育成システムが必要だと考えている。そのためには正しい知識を持つボイストレーナーの存在が不可欠であろう。
私も未だ非常に小さな存在価値でしかないが、藁にもすがる思いで頼って来られる方々のために役立てるよう、できる努力を積極的に行い、更なる高みへ進んで行きたい。
また、既存の理論や学説を踏まえた上で、それにこだわり過ぎるのでなく、新しい手法についても一度は体験し、より多くの人たちとより多くの知識を以てより多くの実践をし、共に歌唱について極めて行きたい。
最後に、これまで歌謡講師として私がわからなかったことのほとんどを解決できたのは、
我が「喉の主治医」である會田茂樹ボイスケアサロン院長からの多くのアドバイスの賜物である。
多くの医師・医学博士やボイストレーナーと親交が深く、これまで述べ1万6000人以上の喉に触れてきた氏の考察は現実的であり、今なお強い探究心によって曖昧性の高い喉について研究し続ける氏の姿勢は、これまで誰もが成しえなかった喉に関する多くの疑問の解明を、いつか可能にできるのではないかと期待を寄せずにはいられない。
2013.6.27
参考文献・資料(敬称略)
喉ニュース(會田茂樹)http://aidavoice.exblog.jp/
声のなんでも小辞典(和田美代子 著、米山文明 監修 講談社 2013)
声がよくなる本 ヴォイス博士の方法(米山文明 著 主婦と生活社 1997)
週刊現代2013年3月2日号(講談社)
~重要なお知らせ~ ●外喉頭から考究する発声の理論と技術は日々進化しています。この記事は掲載時の情報であり、閲覧時点において最新・正確・最良でない可能性があります。すべての記事の内容に関し、一切の責務を負いません。●記事の内容は万人に適合するものではないため、当サロンの施術に関し、記事の内容通りの効果や結果は保証も確約もしておりません。〔当サロンでは役立てないと判断された場合、理由を問わず施術をお断りします〕●声や喉の不調は、最初に専門医の診察を受けてください。歌唱のトラブルは、最初にボイストレーナー(音楽教師)にご相談ください。
by aida-voice
| 2013-07-16 09:15