生きるための声(GID MtF 自然な女性声を目指して)①






わたしは、これほどまで声を感じ
そして、理解しているひとに出会ったことがありません。

ここに、至高の論文を供覧します。

評価の言葉なんかいりません。

齊藤さんの声は、『魂』に等しいのですから・・・









生きるための声
~GID MtFの自然な女性声を目指して~




齊藤実乃




 わたしは、GID(性同一性障害)の診断と治療のためジェンダークリニックに通っている、MtF TS(Male to Female Transsexual)です。會田茂樹先生には、2011年3月より、現時点で約6ヶ月半、ボイスケアサロンにてお世話になっています。

 今回は、GID当事者としてのわたしから、声に対する會田先生のアプローチ法などについて、GIDのかたが読んで理解しやすいように、なんとかがんばってご紹介させていただきたいと思います。

 GIDの声に関しては、男性から女性(MtF)、女性から男性(FtM)の場合では、事情がかなり異なりますので、今回の文章では、わたし自身の経験から語ることのできる、MtFの声、つまり、男性として生まれたかたがいかにして女性の声を出せるようになるか、について書いていきたいと思います。

 GIDのMtFにとって、声の問題は、見た目の問題と並ぶ、非常に悩ましい、大きな問題であることがほとんどです。中には、生まれつき、女性のように声の高いかたや、声変わりをまぬがれたかたもいらっしゃいますが、たいていの場合は、普通の男性と同じように、地声は男性らしい低く太い声であることがほとんどです。

 FtMの場合は、男性ホルモンを摂取することで、多くの場合、声は男性として日常生活を送るのにそれほど問題のない程度まで容易に低くなりますが、MtFの場合は、たとえ女性ホルモンを摂取したとしても、声が高くなることはありません。声帯を手術してピッチを高くすることで女性らしい声を獲得しようという方法は存在しますが、現在の医療技術では、まだまだ一種の賭けであると言わざるを得ません。そういう状況ですので、MtFが社会の中で女性として生活するためには、声が大きな障害となってしまうことが非常に多く、たくさんのMtFのかたたちが、声について大きく悩んでいるというのが、現状です。

 それを解決するための、だれにでも通用する、100%確立された方法論というものは、残念ながらいまだ存在しません。こう書いてしまいますと、元も子もないような感じではあるのですが、まずはその事実は理解しておく必要があると思います。

 その上で、100%までとは言わないまでも、なんとか女性として暮らしていける程度まで、不自然ではない、女性的な声を出せるようになる方法がないものか、と模索していくことになります。わたしにとっても、声の問題は非常に大きなもので、とても苦しいもののひとつですので、様々な方法を試したり検討してきました。

 正直、自身の声については目標を達成したなどとはまだまだ到底言いがたく、依然発展途上のわたしのような者が、MtFの声という、非常に繊細な問題について、どこまで説得力のある文章を書けるのかは、強い自信はないのですが、以下、わたしが現時点で書ける、うそ偽りのない直球の文章を書いていきたいと思いますので、ご興味のあるかたは目を通していただければ幸いです。

◆さほど苦労なく女性声が出せたかたたち

 世の中の多くのスポーツと同じように、運動の一種である「声を出すこと」についても、生まれもっての適性というものがあります。

 実際にMtFの当事者に約100人ほど実際にお会いしてみて分かったことなのですが、現実に、女性として遜色なく通用する声をお持ちのかたというのはいらっしゃいます。決して平均的な女性のような高い声ではなくとも、話していてまったく女性声として違和感や不自然さを感じさせないような声を、現に出せているかたがいらっしゃるわけです。

 これは非常に励みになります。同時に、なぜ自分には出せないのだろう、という苦しみにもなってしまいます。わたしは、「なぜ自分には出せないのか、なぜそのかたには出すことができるのか」を、観察したり実際に出し方のコツを伺いながら研究してみました。

 まず、生まれつき女性のようにピッチの高い声を出せるかたがいます。声変わりをしないですんだり、声変わりを経てもなお高いかたがいらっしゃいます。この場合は、すでにそうでないMtFにとってはあまり参考になりません。

 次に、声変わりはしていて地の声(普通にしゃべった場合の男性声)は野太いにも関わらず、女性声として不自然でない声を出せるかた、そして中には、とても高くてじつに自然な女性声すら出せるかたがいらっしゃいます。なぜ、そういうことができるのでしょうか。しかも、ほとんどの場合、それなりの試行錯誤はあったものの、意外にもたやすくその領域に達成できていることが多いことに気が付きました。もちろん、長年の鍛錬を積まれたかたもいらっしゃいます。

 なぜ、そのかたがたはできるのに、わたしにはできないのでしょうか。また、そういったかたが、一生懸命、できないかたたちに教えようとしても、なぜ、なかなか思うようには技術を伝達することができないことが多いのでしょうか。

 MtFに女性声を教えていらっしゃる、ご自身もMtF当事者であるボイストレーナーのかたによりますと、コツさえ教えてしまえばあっという間に女性声をマスターできるかたというのは、全体の5%ほどとのことでした。わたしが実際に当事者のかたがたにお会いした感じでも、不自然でない女性声が出せているかたの割合は同じくらいに感じられました。つまり、20人にひとりくらいです。多い場合でも10人にひとりくらいでしょうか。残念ながら、決して多い割合ではありません。

 果たして、女性声を出せるようになるかどうかは、あくまでも生まれもっての素質によるものであって、素質のない者には、とうてい望むことができない、不可能なことなのでしょうか。そこを考えていくことが出発点となります。

◆声帯を手術したかたたち

 声帯を手術などで直接変化させることにより、女性らしい高いピッチの声を出せるようになることを目指したかたがたがいらっしゃいます。なかなかお会いできる機会はないのですが、実際に何名かのかたにお会いして、声を聞かせていただきました。

 確かに、とても女性らしい声を出せるようになっているかたもいらっしゃいました。すばらしいことだと思いました。

 それと同時に、せっかく声のピッチは生まれつきの女性並みになっているか、少なくとも手術前よりは高くなっている場合であっても、女性の声として聞くにはどうしても不自然さが残っている、というケースも少なからず存在することにも気が付きました。

 一体全体、なにが問題なのでしょうか。単に声帯のピッチを上げただけでは、女性声にはならないのでしょうか。そこを考えていくことが、手術なしでの女性声を目指す場合にも、手術して女性声を目指す場合にも、非常に重要になってきます。

◆ピッチは高くともあまりにも不自然で女性の声には聞こえないかたたち

 いくつか方法はありますが、単純な裏声的な声を出すことなどにより、地の声よりもかなり高い声を出すことは可能ですし、それをすることはそれほど難しいことではありません。

 ですが、その場合、ピッチは高く、波形をとってみても平均的な女性の声のピッチの範囲内に達しているにも関わらず、どう聞いても女性声としてはあまりにも不自然であることがほとんどであることに気が付きました。

 ピッチは高くとも音が非常に単純で機械的、人工的、そして色つやがないなどの特徴がありますが、なによりも、ほとんどの場合、不自然に高すぎて、体格などの見た目と声のイメージがあまりにも異なってしまうという難点があります。

 女性の声というのは、ピッチが高いことだけではなかったのか、ということに気が付くと思います。

 もっとずっと低いピッチでありながらも、自然な女性声に聞こえるかたがたが、「さほど苦労なく女性声が出せたかたたち」の中にたくさんいらっしゃいます。

 両者の違いはどこから生じているのでしょうか。

 なお、最初はそういう単純な裏声的な不自然な声しか出せなかった場合でも、次第に自然な女性声が出せるようになっていくかたもいらっしゃいます。もちろん、最初出していた声と移行後の声は、はっきりと自然らしさという点で違いが分かります。

 その移行はどうやってなされたのでしょうか。そこを考えることが重要になってきます。

◆MtFとは関係なく七色の声を持つかたたち

 近年、ネット上などで話題にのぼることも多く、実際にメジャーデビューされるかたも出てくるようになった、七色の声を持つような男性のかたがたがいらっしゃいます。

 実際にその声を聞いてみると分かるのですが、歌声であれ、話し声であれ、じつに自然な女性声も、その七色の声のひとつとして出せていることに気が付くと思います。

 そのような声が出せるのであれば、MtFであったとしても、声についてなんの苦労もなさそうです。

 では、そのようなかたはどうやってそういった声を出しているのでしょうか。また、だれでもある程度、その方法を身につけることは可能なのでしょうか。そしてだれか、そういったかたがたの喉の状態や発声方法を徹底的に研究されているかたはいらっしゃるのでしょうか。

◆まず、声とはなにによって作られるのかを理解する

 ここまで挙げてきた違いや疑問点は、声とはなにによって作られるのかを正確に理解すれば、じつは容易にその答えは分かってしまいます。

 そのためには、會田先生の書かれている「喉ニュース」の記事(目次集に載っている記事)を読むことが一番ですし、特にGIDのかたは、GIDの項目を熟読されると良いでしょう。そうすれば、少なくとも、知識としてはすぐに理解できるはずです。

 とは言え、「喉ニュース」を読みこなすことは、読みやすい文章とは言え、最初はその専門用語の多さや記事の多さなどから、少し大変なことかもしれません。

 ですから、わたしなりのものすごく単純で幼稚な理解ではあるのですが、以下、簡単に書いてみたいと思います。

◆大きく言えば3つの要素が声を決める

 ここでは特に、MtFが女性声を出すにあたってなにが最も大切か、ということを中心に考えていきたいと思います。実際には声というものは、もっともっと複雑で多彩、そして繊細な要素により成り立っています。

 まず第一に、声帯です。声帯は、音源となり、声のピッチも決めます。

 第二に、声帯から出た音を共鳴させるための空間(共鳴腔)です。ここで音色や響きなどといった音の質が大きく左右されます。

 第三に、呼気です。つまり、どのように肺から喉に息を送るかということです。

◆3つの要素を左右するのが、喉の柔軟性と運動性

 たった3つの要素に過ぎないのですが、この3つの要素を自由自在に制御できるようになることが必要となります。

 それこそがMtFが女性声を出すための答えであり、それさえできるようになれば、あとはなんということはありません。

 たとえて言うなれば、体に柔軟性があり、運動能力も身につけることができたならば、ほとんどどのスポーツでも、ある一定レベルまでは容易にマスターすることが可能でしょう。逆に、体が硬くて運動能力も低ければ、どのスポーツをやっても苦労することでしょう。最終的にどのスポーツを選ぶのかは、自分の適性であり、好みです。

 同じことが声についても言えます。

 喉の柔軟性と運動性(正確には、発声に関連する器官全般の柔軟性と運動性)さえ身につけてしまえば、あとはコツさえつかめば、自然な女性声が出せるようになります。基礎ができれば応用は容易であり、基礎がなければ応用は不可能です。

 コツについては、正直、どんな方法でも構わないのです。自分にとって、また、聞いてくれるかたにとって、一番自然な女性声になるように、自分自身でいろいろと試してみて、喉への負担が少なく、好きなものを選べば良いだけです。独学ではコツが分かりにくい場合は、適切な女性声のボイストレーナーや、自然な女性声を出せる親切なMtF当事者の先輩に教えてもらうと良いでしょう。もちろん、声の質だけではなく、イントネーションや話し方といったことも大切ですので、そういった応用編的なコツもつかむと良いでしょうし、最終的には、メンタルなものや芸術性、文化の分野に属するものも、大きく声に影響してきます。

 とにかく、問題は、いかにして喉の柔軟性と運動性を獲得するか、ということにつきるのです。それさえあれば、現在提唱されている、MtFが女性声を出す方法なるものは、どれであれ、すべて容易に実行することができるのです。また、新しいコツも発見できることでしょう。あとは自分の好みの問題です。

◆喉の柔軟性と運動性が、声の3つの要素にどのように関わってくるのか

 最初に、喉の柔軟性と運動性がどのようにして、声の3つの要素に関わってくるのかを理解しておく必要があります。また、それぞれの要素が、どのように声に関わっているかということも知る必要があります。

 まず、喉の柔軟性と運動性とは、なにの柔軟性と運動性のことなのか、ということですが、端的に言ってしまえば、喉に関わる筋肉の柔軟性と運動性です。そして、筋肉はなにを動かすのかと言えば、最も単純に言ってしまえば、喉に関わる骨、ということになります。筋肉の状態により、骨の位置も適切な場所からずれてしまうことすらあります。なお、筋肉の動きには血液の循環性や神経も大きく関係してきますので、そういったものも実際には縁の下の力持ち的な存在として非常に重要になってきます。

 喉に関わる筋肉と骨が連動して動くことにより、声帯と共鳴腔と呼気の状態を決定づけます。また、血液の循環性は声帯の状態を大きく左右しますし、声帯にとっては湿潤性が重要です。

◆そして、喉の柔軟性と運動性があると、具体的になにができるのか

 喉に柔軟性と運動性がある場合、声帯をつないでいる骨を適切に動かすことで声帯を伸ばした状態に瞬時に持っていくことができますので、容易にピッチの高い声を出すことができます。たいていのかたの場合は、これができないため、高い声を出そうとすると、声帯をぎゅっと固めた状態にしようとしてしまい、金属的な音になってしまったり、締め付けられたような音になってしまいます。また、声帯は単純で均質な一本の線でも単純な二次元構造でもないため、ピッチを上げるときに声帯の一部だけを振動させるのではなく、全体を自在に振動させられるかどうかが、音源としての深みに関わってきます。

 喉に柔軟性と運動性がある場合、共鳴腔を自在に操れるようになります。実際問題として、声色を決めている一番大きな要素は、共鳴腔と言っても過言ではありません。声帯から音が出て唇や鼻などから出るまでに5つの共鳴腔が関係してきます。バイオリンで、同質で同じ長さの弦を同じように振動させたとしても、共鳴空間である胴によって音色や響きに大きな違いがあるのと同じように、共鳴腔は音色や響きの命となります。また、同じピッチの音であっても、共鳴腔によって、あたかも、もっとピッチの高い音であるかのように、人間の耳に錯覚させることすら可能になります。これはMtFの声にとってはとても重要なことです。生まれつきの女性の声を実際によく聞いてみると分かると思いますが、単純に高いピッチであるだけではなく、単純ではない様々な要素によって特徴付けられていることに気が付くことでしょう。つまり、まったく同じピッチのふたりの女性がいたとしても、音色や響きが違うからこそ、違う声に聞こえるわけです。そして、生まれつきの女性と言えども、音色や響きの綺麗なかたとそうでないかたがいることにも気が付くでしょう。喉に柔軟性と運動性がない場合、仮に高いピッチの声を出せたとしても、深みや色つやのない声になってしまいます。

 呼気の場合は、関係する範囲は広く、胸全体プラスアルファと言ってもよい広い範囲の柔軟性と運動性が関係してきます。呼気をどのように操れるかは、声帯の運動性に大きく関係してきます。具体的には、いわゆる腹式呼吸ができるか否か、ということが重要になってきます。なぜ腹式呼吸が重要なのかと言いますと、要するに、息を自在に操れるようになるからです。浅くも深くも強くも弱くも長くも短くも、とにかく自在に操れるようになります。そうして呼気を自在に操れるようになりますと、声帯を非常に効率よく振動させることができるようになり、それはすなわち、楽に高いピッチの声を出せるようになることを意味します。同じピッチの音を出そうとしても、腹式呼吸で出す場合は喉を固めずに楽に出すことができますが、そうでない場合は喉を固めて出そうとしますので、出すこと自体が苦しい上、金属的で喉を締め付けられたような音になってしまいます。そのような音しか出せない場合、とてもではないですが、自然な女性の声に持っていくことは非常に困難な状態になってしまいます。また、通りの良い声を出すには音圧も重要になってきますが、それも腹式呼吸でないと難しく、それができない場合、高いピッチではあっても蚊の泣くような小さな聞きづらい声になってしまいます。なお、腹式呼吸は、できるひとにとっては、なにも苦しいものではありません。

 ほかには、3つの要素に直接的には入っていないかもしれませんが、喉の柔軟性と運動性を獲得すると、いわゆる滑舌も良くなります。舌や唇の柔軟性や柔軟性も、一種の演技であるMtFの声にとっては、とても重要です。













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by aida-voice | 2011-10-18 00:07