声の短問短答【続編】50


「反回神経の左右長の違いによって声帯の動きがずれるのですか?」

厳密に考えれば、その通りです。
しかし、神経の伝達速度は5~100m/Sと言われます。
数値にずいぶん幅がありますが、これは神経の太さによって異なるそうです。
基本的に、骨格筋に向かう神経は、有髄神経で直径が大きく、跳躍伝導をして速度が速い。
なお、反回神経は、他の筋肉を動かす神経より細いと伺いました。
確かに、摘出喉頭の触診研究時〔解剖は医師〕、一色信彦先生(京都大学名誉教授)から「声帯および内筋に到達する反回神経を見つけなさい」と指示されましたが、簡単にわからない。
長時間かかり、やっと該当筋近くの細く脆弱な反回神経を見つけました。
「とうとうやったぞ!」
わたしは感動に打ち震えました。
そして、解剖アトラスの図とまったく異なる場所から発見されたことに、さらに人体の神秘に畏怖と感謝の念を抱いたのです。
体の中って、顔や身長と同様に、ヒトによってそれぞれなのです。
もちろん、存在や個数は大きく変化しません。
ほんの少しの形状や走行場所が異なるのです。
この小さな差が個性を醸し出します。
そう言えば、甲状腺の手術も「結局、切開してみなければ反回神経に影響を与える部位に腫瘍や癌があるかないかはわからない」と伊藤公一先生(甲状腺疾患専門伊藤病院院長)もおっしゃっていました。
話が横道へそれつつありますね。
反回神経の左右の違いについて。
左に関して。
下走した迷走神経が、大動脈弓まで達して反転。
反回神経は、下走した神経が反転しグルッと回って上走するから、この名前の由来になったようです。
理由はわかっていませんが、神経は速度が命。
早く察知して、早く動かなければ、生命にかかわる危険を回避することができなくなります。
だから、最短距離が一般的。
この反回神経だけが、遠回りして寄り道するのです。
何だか不思議ですよね。
次に、右。
下走した迷走神経が、腕頭動脈あたりで反転。
そして、各反回神経として声帯筋・甲状披裂筋・外側輪状披裂筋・後輪状披裂筋・横披裂筋・斜披裂筋・甲状喉頭蓋筋などに向かいます。
なお、皆さんが高音発声を日々論じている輪状甲状筋は、反回神経支配ではなく、上喉頭神経の外枝ですからお間違いなく。
さて、反回神経の左右長は往復を考えても10㎝程度ではないでしょうか。
もう少し具体的に。
左反回神経が反転するのは、体の外から透視すると、胸骨体左第2肋骨と第3肋骨の間あたり。
右反回神経は、胸骨柄右第1肋骨あたり。
呼吸により肋骨の高さは変わるため、あくまでおおよそ。
ここで、これまでの内容を考慮しながら、適当に数値を与えて計算してみましょう。
例えば、伝達速度を50m/S、左右差を10㎝とすれば、50mは5000㎝。
10÷5000=0.002、つまり、左右の時間差は0.002秒しか変わらないことになります。
初頭に書いたよう厳密には、ずれがあります。
けれども、この瞬時の命令の差に筋肉が反応して、声帯にずれを生じさせることができるのかは疑問が残るところです。
さらに、声門間隙を空気(呼気)が流れれば、ベルヌーイの定理によって、声帯が中央に寄せられる力が働いてきます。
加えて、仮に声帯筋が、その瞬時の伝達差によって動きに相違が生じたとしても、声帯筋をおおうように存在する声帯粘膜は水分含有率が非常に高いため、声帯筋の超素早い動きに付いてこられないと想像されます。
もう一つ追加して、万が一、反回神経の左右差によって声帯がずれ、音が割れたり歪んでいたりしているとしましょう。
先ほど適当に数値を与え計算した0.002秒を、つまり1秒間に500回の音の変動を、ヒトの耳で聞き分けるのは至難の業ではないかと考えます。
もし、正確に聞き分けられたら、蛍光灯の点滅を数えられるような超人に匹敵しますね。
蛍光灯は、1秒間に50回(または60回)、点いたり消えたりしているのですが、ほとんどのひとには点きっぱなしに感じます。(ときにチラチラする感覚はありますけどね…)
よって、反回神経の左右差は、発声にとって「それほど重要視することはないのでは…」が、わたしの個人的な見解です。
ご参考まで。

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上は、甲状腺直下から後輪状披裂筋へ向かう反回神経を絵に描いてみました。〔医師提供写真より〕
黄色線でデフォルメしてあります。
反回神経って本当に細いですね。




追記:声帯の動きにずれが確認される場合もあります。それは、①生まれつきの声帯の左右差(大きさ、厚さ、硬さなど)、①声帯の器質的疾患(声帯結節・ポリープ・癌など)、②神経伝達にかかわる病気、があります。多くは①で、許容範囲内であれば個性として捉えられます。
by aida-voice | 2013-02-10 16:53