書籍「喉体操」3


第2章 発声は、イメージだけでなく、科学的に考える時代が来た

目の前のテーブルにあるコップを持ち上げてみましょう。
そのとき、腕の動きを観察し、動き具合を感じてください。
動きとしては、ひじが伸びながら、親指とその他の指が開き、次の動作でコップをつかみます。
指からすべり落ちないようコップに圧力をかけます。
そして、ややひじを曲げ、肩の関節を動かしながら腕全体を上昇させます。
一連の動きに関係する筋肉は、ひじを伸ばす筋肉(おもに上腕三頭筋)、各指を開く筋肉(手根伸筋群や母指外転筋など)、指で物をつかむための筋肉(各屈筋群)、ひじを曲げる筋肉(おもに上腕二頭筋)、腕を上げる筋肉(上肢を胸壁につなぐ筋や上腕の筋など)であり、次々と作動していきます。
感覚を研ぎすませば、ある程度、それぞれの筋肉の存在と動き方を感じ取れます。
では、声はどうでしょうか。
実際に声を出してみましょう。
「おはようございます」
さあ、自分の喉の動きをとらえることはできましたか。
では、声に敏感な声楽の歌手に質問です。
ドレミ(音階)のドを出すとき、どの筋肉を使い、どんな動きをしているか、あなたは理解して発声していますか。
そう、ほとんど感知できないのが実情です。
しかし、発声のための筋肉は、内臓のような不随意筋ではなく、自由に動かすことのできる随意筋です。
なぜ、感得できないのでしょう。
そのわけは、喉周辺の筋肉は、こまかく小さいためです。
また、人間の営みにとって、声はあまり重要視されていません。
呼吸および摂食・嚥下が最重要なのです。
あたりまえですが、呼吸ができなければ数分で死にいたります。
食べ物が飲みこめなければ、生きていけません。
しかし、声は出なくなっても、生命に支障はきたしません。
京都大学名誉教授一色信彦先生の話で、「声は機能的に未完成ではないか」と、うかがった覚えがあります。
声を大切にしているひとが重きをおく声帯。
実は、鰓(えら)呼吸から肺呼吸に進化したときの、誤嚥防止用の筋肉弁ではないかとの仮説があります。
その本来の目的から離れ、人間は発声のために用いるようになってきたのです。
そして、いまだ完璧ではないように感じます。
外喉頭を調べると、いつも、筋肉の『動き』の観点から、次の三点に難儀します。
一 繊細で複雑。
二 四肢躯体と比べ、曖昧すぎる。
三 個人差が大きい。
これらのことから、この先、発声はイメージや感性だけでなく、科学的および医学的に考えなければならないのを痛感します。

実は、スポーツ科学にも同じような経緯がありました。
むかし、運動をするとき、水を飲むことはご法度でした。
四十歳以上の方ならご存知だと思いますが、学校の長距離走の授業中に、水を飲むなんて絶対にあり得ませんでした。
野球でもサッカーでも同じでした。
練習や試合の途中で水分摂取すれば「バテルからダメだ」「お腹が痛くなる」「根性無し」と、怒られる時代だったのです。
いまは違います。
こまめな水分補給は不可欠です。
次に、ウサギ跳びを知っていますか。
アニメ『巨人の星』でも、スポ根トレーニングとして取り入れていますね。
また、過去には、学校でいたずらをすると、教師から懲罰的に「ウサギ跳びで校庭を10周しなさい」などと言われたものです。
しかし、いまは違います。
根性は鍛えられるかもしれませんが、膝関節を九十度以上屈曲した状態で、負荷をかけすぎると、膝関節や大腿四頭筋を傷めるおそれがあります。
その後、スポーツ医学が発達してきました。
科学的に身体能力を向上させるトレーニングで、各スポーツのレベルはいっきにアップしました。
スポーツの世界は、これだけ変わってきたのです。
そう、現在の歌や発声の概念は、二十年以上前の日本のスポーツ事情と似ています。
「血を吐くほど発声練習をすれば、歌はうまくなる」あるいは「歌唱力は、生まれ持ったものだから練習してもうまくならい」との意見は、一部、まちがっているかもしれないのです。
固執したイメージや非論理的なテクニックの誤った発声訓練は、極力、避けるべきだと思います。
『声が良くなる』あるいは『歌がうまくなる』素質の芽を摘んでしまうかもしれないのです。
とくに歌の場合、筋運動の物理現象である構音に、歌唱力と感性がともなって、はじめて、ひとを魅了する歌となります。
さあ、そろそろまちがった発声訓練から脱却し、科学的なトレーニングをおこなって、すばらしい声を手に入れましょう。
他人は、話や歌の内容に関係なく、声の第一印象で、あなたの人柄までも勝手に判断することがあるのです。






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~メッセージ~
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by aida-voice | 2011-02-20 03:05