表情筋と滑舌の関係


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優秀なボイスアドバイザーから以下の質問をいただきました。

《質問》
滑舌トレーニングとして、ほとんどの滑舌指導者が当たり前のように表情筋を動かすエクササイズを取り入れております。
しかし、周知の通り表情筋の過度な収縮は喉頭周辺の過緊張を誘発し、発声の質を損なう事は明らかです。
私が今まで見てきた生徒さんの中にも、表情筋を強く動かさせる教育を受けた影響で、かなり危険な発声を癖づけられていたケースが多々ありました。
当方のスピーチ・トレーニングでも、この事実を踏まえ、あくまでも発声の質を損なわないよう注意を払いつつ、表情筋周りのエクササイズを行ってまいりました。
ここでお伺いしたいのは、表情筋の動きが滑舌にどの程度・どのように関与しているかです。
経験的に、特に口周りの表情筋がよく動く方は確かに滑舌が良いと感じますし、表情筋のエクササイズにより実際に滑舌が良くなるケースは確認出来ます。(発声の質が著しく損なわれてしまっているケースも多いですが…)
しかし、表情筋の可動性アップがどのようなメカニズムで滑舌に作用しているのか、科学的と言えるもっともらしい説明は今のところ聞いた事がありません。
また、滑舌は書いて字の如く「舌の動き」が最も影響している事が分かっていますから、わざわざ発声の質を損なうリスクを覚悟の上で、滑舌のために表情筋を鍛える価値があるのかどうか、当方では判断しかねているところがあります。
表情筋と滑舌の関係性、そして巷で当然のように行われている表情筋エクササイズの有用性について、會田先生のご見解を伺えましたら幸いです。

《回答》
以前、わたしは某テレビ局で、現役のアナウンサーを対象に喉頭検査と講義をさせていただいたことがあります。
やはり、その際も漫然と「表情筋を鍛えれば滑舌は良くなるでしょう」とおっしゃっていたのを思い出します。
確かに表情筋は、最終構音を決める重要な部位となります。
昔、音声医学の重鎮、京都大学名誉教授:一色信彦先生に『唇(くちびる)は重要』と教えていただいたことがあります。
では、その表情筋を鍛えれば滑舌は良くなるのか?
そもそも滑舌が良い悪いって、どういうことでしょう。
辞書で調べてもほとんど載っていません。(一部、口の動きを滑らかにする練習とあります)
業界の専門用語が一般に広まったようで、字から解くと、舌が滑らかに回ることと考えれます。
つまり、“舌”が関与しています。
さて、ここで表情筋の動きが舌に影響するかを調べてみましょう。
表情筋には、頬筋、口輪筋、オトガイ筋、口角下制筋、下唇下制筋、笑筋、頬骨筋、口角挙筋、上唇挙筋、鼻中隔下制筋、鼻筋、鼻根筋があります。
さらに、直接的ではありませんが、皺眉筋、目輪筋、耳介筋、側頭頭頂筋、頭頂筋も含まれるでしょうか。
さあ、実験です。
これらの筋肉の動きを指で圧迫し、運動性を阻害した状態でしゃべってみましょう。
動かないよう強く押してください。
とくに、世間で知られる口輪筋や頬筋を。
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どうです?
案外、ふつうに声が出ますね。
つまり、滑舌に大きく影響していない。
それでは、舌骨のやや上の筋肉を、ほんの少し押さえこんでください。
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「おっ!?」、言葉をかみそうになりますね。
そうなのです、舌骨上筋群が舌の動きに大きく関与していたのです。
舌骨上筋群には、顎二腹筋、茎突舌骨筋、顎舌骨筋、オトガイ舌骨筋、舌骨舌筋があります。
二図を供覧します。
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上図は、下から覗いた喉頭周辺筋。
解剖写真に筋肉と神経(向かって左側)をデフォルメして、驚愕映像とならないよう絵画に変更しました。
舌骨上筋群と神経の様子をご覧ください。
舌神経と舌咽神経もチェックしましょうね。
下図は、顎舌骨筋が腫脹した患者さまの喉頭予想図です。(許可をいただいて掲載)
甲状軟骨の形状も良く、その周辺の柔軟性や運動性も素晴らしいのですが、甲状軟骨上角から上部の軟部組織が硬く、構音に影響を与えて自由自在な発声を妨げています。
この顎舌骨筋を整備すれば、問題点が解決できると考えます。
さて、このように本来の意味としての『舌の動きや滑らかさ』を中心と据えるなら、表情筋よりも舌骨上筋群の方が重要であることがわかりますね。
とは言え、表情筋も最終構音部位として、声の繊細なニュアンスや音色などに関わっています。
より良い動きは、ステキな声には欠かせないでしょう。
したがって、唇を尖らせたり口角を広げたりのエクササイズ、負荷をかけながら早口言葉の連続などは、構音の有用なトレーニングの一つだと存じます。
正確な意味から述べると、表情筋のトレーニングは滑舌訓練ではなく、構音訓練であると言えますね。
もちろん、表情筋の過度の運動は、その周辺部に過緊張を強いてしまうため、発声には好ましくありません。
十分お気をつけください。
以上、回答いたします。





追記:舌根の正確な位置を。
正しい意味での舌根はどこにあるか知っていますか?
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それは、下顎正中内側のオトガイ棘(おとがいきょく)にあります。
そう、このオトガイ棘から、ぐるっと回って、宙に浮いているのですよ!
多くの方々が思っている場所は舌奥ですね。
その舌を支えているのが舌骨なのです。
だから、舌骨の位置が深く高くなると、舌体を押し上げ、滑舌に影響を及ぼすのです・・・


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 會田茂樹|あいだしげき 

 
by aida-voice | 2016-05-16 00:11